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京都地方裁判所 平成10年(ワ)1125号 判決 1999年3月01日

原告 X1

原告 X2

原告 X3

原告 X4

原告 X5

右五名訴訟代理人弁護士 山下潔

山下綾子

山下宣

森下弘

乗井弥生

白倉典武

被告 明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 神山公仁彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告X1、原告X4、原告X5に対し、それぞれ七五〇万円及びこれらに対する平成五年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告X2、原告X3に対し、それぞれ三七五万円及びこれらに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、生命保険金受取人が保険金請求権を放棄したため、右請求権は保険契約者に帰属するとして、その相続人らが保険契約に基づいて保険金等を請求する事案である。

二  争いのない事実等

争いのない事実又は証拠により認定することができる事実は次のとおりであり、〔 〕内は認定に供した証拠である。

1(当事者)

(1)  訴外B(以下「B」という)は、昭和一〇年七月一〇日に生まれ、その妻Cとの間に訴外D(旧姓 D1。以下「D1」という。)のほか、E、F及びGの子をもうけたが(Cとは昭和五八年に離婚した。)、平成五年一二月一二日死亡した。

(2)  Eは幼少のころ死亡し、D1、F及びGはいずれもBの相続を放棄した。また、Bの両親は既に死亡している。

(3)  原告X1、原告X4、原告X5は、Bの兄弟姉妹であり、原告X2、原告X3は、Bと父のみを同じくする兄弟姉妹であり、原告らはBの相続人である。

〔甲一の一から一の一三、五、九、一〇〕

2(保険契約)

Bは被告との間で、昭和六二年五月一日、次の内容の生命保険契約を締結した。

(1)  保険契約者 B

(2)  保険者 被告

(3)  被保険者 B

(4)  保険金受取人 D1

(5)  保険期間 終身

(6)  死亡保険金三〇〇〇万円と変動保険金の合計額

(7)  保険約款には、保険金を請求する権利は、その支払事由が発生した日から三年間請求がないときには消滅するとの規定がある。

〔甲二、乙一の一、二〕

3(保険事故の発生)

Bは平成五年一二月一二日死亡した。〔甲五〕

4(D1の請求権放棄)

(1)  D1は京都家庭裁判所に対し、平成六年三月九日Bの相続を放棄する申述をし、同年四月六日受理された。〔甲八〕

(2)  また、D1は被告に対し、平成九年二月二四日ころ死亡保険金請求権を放棄した。〔甲三〕

5(調停の申立て)

原告らは被告を相手方として、平成八年一〇月二八日に京都簡易裁判所に調停を申し立てたが、調停は成立しなかった。〔甲四〕

三  争点及び当事者の主張

1  生命保険の被保険者が死亡した後に、保険金受取人が保険金請求権を放棄した場合、保険契約者の相続人は保険金を請求することができるか。

(1) 原告ら

保険金受取人が保険金請求権を放棄した場合、保険契約は受取人の指定がなくなり、保険契約者が保険金受取人となる自己のためにする契約となる。したがって、原告らは、D1の請求権放棄により、Bと被告との保険契約上の地位を承継した。

(2) 被告

保険金受取人が保険金請求権を放棄した場合に保険契約者が保険金受取人となるのは保険事故が発生する前に限られる。保険事故発生前は、保険金受取人の権利は保険契約者の意思によって存続及び帰属が左右される不確定な権利であり、受取人がこれを放棄すると、保険契約者の意思を推測して、保険契約者が保険金受取人となる自己のためにする契約となるとするのが合理的である。しかし、保険事故発生後は、保険金受取人の保険金請求権は固有の財産になり、保険金受取人はこれを自由に処分することができ、これを放棄すれば保険者に対する債務の免除となりその請求権は消滅する。

2  原告らの調停申立てにより保険金請求権の消滅時効は中断したか。

(1) 被告

原告らがD1の放棄により保険金請求権を取得するとしても、右請求権は、Bが平成五年一二月一二日死亡したことにより、平成八年一二月一二日の経過により消滅時効が完成しており、被告は時効を援用する。

(2) 原告ら

原告らは平成八年一〇月二八日に調停を申し立てたことにより、保険金請求権の消滅時効は中断した。

(3) 被告

D1の放棄は平成九年二月二四日であり、原告らが調停を申し立てたときには原告らは無権利者であるから、時効は中断しない。

(4) 原告ら

D1らの相続放棄により、Bの相続人は相続開始のときから原告らであったことになるから(民法九三九条)、調停申立ては権利者による申立てであったことになる。

第三争点に対する判断

一  争点1(保険金請求権の帰趨)について

1  被保険者が死亡すると保険契約者の保険契約に関する処分権は消滅し、保険金受取人の権利は確定的となり、具体的な金銭債権となる。そして、この保険金請求権は、通常の債権と変わりがないので、保険金受取人はこれを自由に処分することが可能となると解される(たとえば、筑摩書房発行、西島梅治「保険法〔第二版〕」四〇二頁)。したがって、被保険者であるBが死亡したことにより、保険金受取人であるD1が保険金請求権を取得することになり、そのD1がこの請求権を放棄すれば、保険金請求権は確定的に消滅したというほかない。

2  この点、原告らは、保険金受取人が保険金請求権を放棄した場合、保険契約者の合理的意思を考えて保険契約者が保険金受取人となる保険契約に転化する旨主張する。しかし、いったん保険金受取人に帰属した請求権が、その放棄により死者に帰属することとなると解する法的根拠はなく、その主張は失当というほかない。

3  なお、原告らは商法六八〇条が規定する場合を除き、保険者は保険金支払義務を免れないとも主張する。しかし、同条は信義則や公益的理由により保険金が支払われない場合を列挙した規定であり、債権の消滅事由の規定を排除する趣旨ではないと解すべきであるから、その主張は失当である。

二  結論

したがって、原告らの請求は争点2(消滅時効)を判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和人)

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